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協和自動車のギャラリー 昔の写真 その2

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旧・整備工場 旧小城郡三日月町石木166-1に敷地500坪購入、整備工場を移設。

 全景 昭和43年

 ハリボテもいいとこですね・・・・

 プレハブ住宅に住んでました。

雨もれがひどかった記憶があります。
冬寒くて夏暑かった記憶もあります。


ちょこちょこ昆虫や軟体動物の類、ときどき蛇もいたですねぇ。
ねずみもいたですねぇ。

 創業前の大阪時代からの相棒・高垣さん、会長、会長の奥さん。

 ズボンのチャックが開いてたみたいですね。

なんかウケてますね。

 幼児がうろちょろしている整備工場。

あぶないなあ。
幼児は現社長です。

 幼児と犬がうろちょろしている整備工場。

あぶないなあ。


昔はこんなんでよかったんですかね・・・

会長夫人(まあ、わたしの母なんですが)は、「子供が見当たらないときは、『シロ~』と犬を呼べば、犬のあとから子供がついてくるから楽だった」とか言っていましたが・・・


今の時代なら放置親ということでネットで叩かれそうですね・・・・

 幼児を車に乗せちゃイカンですよ・・・・

まあ、昔の車は鉄板が超・分厚く出来てましたからへこみはしなかったでしょうが・・・・

 高垣さんと幼児

よく見ると車に足ついてますね。
車に乗せちゃイカンですってば。



高垣さんは岡山出身。
大阪で会長に会って、佐賀までついてきて一緒に起業してくれた人です。
かしましい会長とは対照的に、おとなしくて控えめでやさしい人でした。
「こうさん、こうさん」(高さん)と呼ばれてお客様に親しまれました。

整備技術者としてピカイチでした。
指紋や爪の隙間にオイルやグリスや塗料が固着して皮膚の一部になっている感じで、指先が硬く青黒くなっていました。
ときどき下廻り塗装のパスター塗料が前歯に付着してお歯黒状態だったりもしましたね。

将棋が強いということでしたが、小学生になってからのわたしと泥仕合でしたので、さほどの腕でもなかったかと。

 お客さんも抱っこしてくれる。

昔はこんな感じで子供が職場にうろうろしてたんですね・・・・

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